仲由起子

City of Gems Japan 営業
仲 由起子

学芸員を目指していたけど、
趣味を仕事に!

学生時代は考古学と民俗学を専攻して学芸員を目指し、博物館で巻物や茶器の扱いなどを学んだりしていました。
けれども、何か違うなとその時感じていて、ふと、考古学に興味を持ったきっかけを思い出したんです。
それは中学生の時、トルコ三大文明展でみた大きな宝石のついた宝剣。
見つけて確かエメラルドがついていたかと思います。
それからは学芸員ではなく、宝石に関する業界の就職活動をしていました。
買取ショップや、オークション関係、美術商など、、、しかし受けてはみましたが、それでもいまいちしっくりきませんでした。
こんなコマゴマしたものを扱いたいのではない!そんな思いもあり、宝石に関する知識と業界への人脈を得るため、就職活動中に出会った企業様のご縁もあって、大阪にあったジュエリーの専門学校へ、一年通うことに決めたんです。

微笑みの国は宝石の国

専門学校では、宝石の種類を見分ける鑑別と価値を見極める鑑定を学びました。
また、卒業間近には同級生のお母さまがタイで宝石商をされていたこともあり、そちらでお店を手伝わせていただいたり、実際に原石の仕入れをさせていただいたりもしました。
もちろん通訳をしていただきながらですが。

タイで一番驚いたのは宝石に関する感覚が日本と全く違うことでした。
みなさん宝石のついたネックレスをお守りとして身に着けていて、その力をしっかりと信じておられました。
宗教の力もあると思いますが、日本以上に物を大事にする文化も影響しているのでしょうか。
また、宝石を扱う人は特別な存在とされ、皆その仕事に誇りを持っておられました。
全フロアが宝石店なんてビルもありましたし、市場も日本に比べはるかに大きいんです。

皆様に支えられながら、
好きな宝石に囲まれて

ジュエリーカミネのことは、たまたま専門学校の校長先生が社員向けの研修をされたとき、助手として伺ったことがきっかけで知りました。
すごく元気な方が多いなと感じたことを覚えています。
正直、接客は好きではなかったのですが、扱う宝石とスタッフの方に魅かれ、神戸へやってきました。

入社してからは1年弱ほど販売スタッフとして各店舗を回らせていただきましたが、やはり接客に慣れることが一番大変でしたね。
特に元町本店のIさんには本当にお世話になりました。
愛情たっぷりに、やさしさと厳しさをもって仕事を教えていただきました。

時には落ち込むこともありましたが、立ち止まってしまうような状態を何とかしてくださる気持ちもわかっていましたので、辞めたいとは思ったことはないですね。
おかげでしんどい時でも、どんな時でも決めたことはやれる根性が前よりついて、強く鍛えられたと思います。
今では各地の展示会で一人サリーを着て営業をしていますし、知らない人とも話せるようになりました。
そんな修業期間を経て、希望通りジュエリーカミネの関連会社である、シティ オブ ジェムズ ジャパンへ異動となりました。

最近では上司である二人のSさんというアニキたちに支えられています。(笑) 
お二人ともタイプは全然違うんですけれど、情に厚く、私自身が公私ともに大変だったときに、毎日のようにご飯に連れてくださったりして、本当にお世話になり、助けてくださいました。
家族より長い時間過ごせる仕事の中で、家族以上に本気で話せています。
お二人がいなかったら、たぶん路頭に迷っていたと思っています。

宝石文化を日本に根付かせる!

宝石がご縁で、たくさんの人にも出会い、様々な方から宝石にまつわる話を教えていただき、私を狭い世界から引っ張り出していただいたと感じています。
このような環境を与えてくれる会社には本当に感謝しています。
また、スリランカで鉱夫さんたちが汗水流して、今でも丁寧に手掘りしてきた、誰にでも誇ることができる宝石を扱える仕事に出会えたことで、人生を楽しく過ごすことができています。

一番好きな宝石はと聞かれるとすごく困るんですが、今のお気に入りは自分でデザインしたネックレスについているスターサファイアですね。
たまたま上司の手持ちの商品から出会ったもので、母から譲られた宝石と組み合わせて造りました。
着けているだけで満足感に満たされ、クリーニングしても満足。
小さな満足で元気になります。
着けていないと寂しいしですし、調子が出ない。
私の体の一部になっているように感じています。
これも本当にいい出会いでした。
この仕事を通じて、タイで出会ったような宝石が生活の一部になり、その価値が代々受け継がれていくような、宝石文化、色石文化を日本にも根付かせていきたいですね。

私たちと一緒にジュエリーカミネで活躍してくれる仲間を募集しています。

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